**************************************************** ・・・・・経営の現場から・・・・・ 【成岡マネジメントレター】(毎週月曜日発行) 第995回配信分2023年05月22日発行 人手不足の今後にどう対処するか 〜募集する企業から選ばれる企業に〜 **************************************************** <はじめに> ・東京商工リサーチという信用調査会社が4月3日〜11日に実施した「人手不 足に関する企業向けアンケート」の調査結果がまとまった。今後の募集採用を 考えるにあたり、非常に興味深い内容になっているので、少しご紹介しよう。 回答企業4,445社からのアンケートでは、全体の66.5%つまり3分の2の企業 が「正社員不足」と回答した。このうち、資本金1億円以上の大企業では73.2 %、資本金1億円未満の中小企業では65.5%だった。多少の有意差はあるが、 総じて約3分の2近くの企業で「正社員不足」という認識が強いことがわか る。もう少し細かく見ると、「非常に不足」が11.47%、「やや不足」が55.07 %だった。「充足している」が28.66%、「やや過剰」が4.57%だった。 ・「正社員不足」と回答した業種は、タクシーなどの道路旅客運送業が90.9 %、運送会社などの道路貨物運送業が88.1%、総合工事業が83.4%、宿泊業が 83.3%など、総じて労働集約型の業種で人手不足が際立っている。その一方 で、正社員過剰と回答した業種は、印刷関連業種で26.0%、広告業が17.2%な ど、コロナ禍での不況業種が目立つ結果となった。国内全体のビジネスが低調 になり、販売促進に係る費用を削減する企業が増えたことによるのと、イベン トなどの催事関係が皆無になったことが大きく影響している。不況業種から人 材不足の業種への人材の流動化が思いのほか、進まないこともこの結果に結び ついたひとつの要因だ。 ・また、非正社員不足と回答した企業は38.7%と4割に満たなかった。正社員 と比較して不足感が意外と低いのは、随時いつでも募集できるとの思惑がある のだろう。非正社員不足と回答した業種は、飲食業が85.0%、宿泊業が81.8% と、コロナ禍の行動制限が解除され、採用環境が過熱している業種が目立って いる。しかし、現在は非正規社員といえども、そう簡単に頭数が揃うわけでも ない。学生アルバイトの取り合いになっているので、時給を1,200円以上にし ても、なかなか集まらないという状態だ。この連休中には、アルバイトの確保 ができないので、某牛丼チェーン店では営業時間の短縮を表明せざるを得な かった。人手不足で正規の営業時間を確保できない状態が起こっている。今後 も、さらに加速する可能性がある。 <今後も続く人手不足倒産> ・マンパワーの取り合いになると中小企業は大企業に比べて非常に弱い。賃金 や給与、時間給や賞与という直接的な報酬面以外でも、勤務時間、残業時間、 休日休暇など、労務面でネガティブな要素が多い。完全土曜日、日曜日休みの 大企業だと、年間の休日はそれだけで52週の2倍の104日。それに祭日が15 日。年末年始などの特別休日が5日あると、これだけで124日。さらに、有休 休暇を最低5日は取得することが義務付けられているので、130日くらいの休 みが設定されている。年間365日の3分の1以上の休みが保証されており、土 曜日出勤が多くある中小企業とでは、これだけでも雲泥の差がある。正社員の 人数が多いので、これだけ休んでも業務が正常に回るように、仕組みができて いる。残念ながら、これをすぐにカバーできるようにするには難しい。 ・この4月から5月にかけて、多くの大企業、中小企業でも賃上げは行った。 おおよそ、7割から8割の企業で賃上げが実施された。しかし、この労務費の アップを価格に転嫁できるかと言えば、発注側の大企業は可能かもしれない が、下請けに甘んじている中小企業では末端価格に労務費のアップをストレー トに転嫁するのは難しいはずだ。おそらく、人件費のアップ分の半分も価格に 転嫁できればいいほうだろう。そうなると、会社全体の収益は悪化する。最終 の利益が減少し、生産性向上や新しい事業への投資原資が確保できないことに なる。数年後には、非常に厳しい経営環境に陥ることになりかねない。ますま す、大企業と中小企業の格差が広がる。当然、中小企業で人材募集しても、応 募者が少ない。 ・人材難での倒産企業が増加している。2022年度の人手不足倒産は79件と、前 年度の1.5倍に増加した。79件の内訳は、従業員の退職が33件、求人難が29 件、事件費の高騰が17件だった。いずれも、昨年度対比で増加している。業種 別では、飲食業が29件、建設業が14件、運輸業が13件だった。負債額では、1 億円未満が47件と、人手不足は小規模事業者ほど影響が大きい。2022年度に倒 産した企業と、2019年に倒産した企業の財務分析を見ると、2019年度は売上高 に占める人件費の割合が14.5%と、生存した企業の15.4%と大きな差がなかっ た。しかし、2022年度は倒産した企業では23.1%と、生存した企業の17.6%と 大きな差になった。倒産した企業では、人件費アップの影響が大きく負担に なっている。 <おカネでは大企業に勝てない> ・固定的な人件費は、一度上げるとそれ以降下げるのは難しい。よほどの理由 がないと、月例の給与を下げることは、労働者の不利益変更になり、賃下げは 許容できない。賞与は業績を反映する要素が強いので、業績のアップダウンで 賞与のアップダウンは可能だが、生活費的な月例給与を増加はできても、減ら すことはほぼ不可能だ。なので、経営者にしてみれば、賃上げに慎重にならざ るを得ない理由はそこにある。人件費のアップが、固定的な費用の増額に直結 し、損益分岐点売上を押し上げ、収益を圧迫する。同時に、社会保険料の会社 負担、個人負担も増額になり、上げただけの金額を最終の手取りでゲットでき ない。経営者側からすれば、相当賃上げをしたのに、従業員側からするとそん なにインパクトがあったとは思えない。 ・今後の人手不足に賃上げは必要かもしれないが、それが必要十分条件ではな い。最近では、多くの企業で中途採用が活発だ。新卒一括定期採用を我慢して 継続してきた大手企業でも、昨今の経営環境の激変に対し、1年に1回の新卒 定期採用で対応できなくなってきた。通年採用ということばも、一時驚きの目 で見られていたが、昨今では珍しいことではない。そうなると、余計に中途採 用市場が売手市場となり、併せての少子化で対象者が徐々に減少する。中途採 用市場で、中小企業がまともに一部上場の大企業と張り合っても、所詮規模が 違うので勝ち目はない。給与水準も、大手企業は相当高い。休日休暇、福利厚 生もかなり見劣りがする。 ・つまり、給与水準や休日休暇の条件で、張り合っても無意味だ。特に、中途 採用者は最低1回どこかの企業に就職している。新卒者のように、初めての就 職選択ではないので、勤務年数は別にして一応社会で生活した経験がある。そ うなると、中途採用者へ訴求するその企業のポイントは、報酬の大小、休日の 多い少ないより、その企業の事業の特徴や社会的な存在価値が重要だろう。ど こにもない製品を製造したり、世の中で非常に役に立っている商品を扱った り、発展途上国の成長に貢献したり、地域で非常に評価される事業を営んでい たり。つまり、近江商人の三方よし経営的な、その企業よし、得意先よし、世 の中よし、という存在であるかどうかだ。企業規模、従業員数、売上の金額を 競争するなら、初めから勝ち目はない。 <募集する企業から選ばれる企業に> ・スタートアップ的なIT系の企業なら別だが、業歴は長い方がいい。まだ、で きて10年未満だと安定感、信頼感に欠ける。業歴が長いことは大いにPRしても いい。むしろ、創業から今までの事業の変遷を説明するほうが、その企業が経 営環境の変化に機敏に対応してきた歴史が理解できるだろう。いかにその企業 が、祖業から幾多の変遷を経て現在に生きていることをわかりやすく説明でき るといい。その時代、時代で、独自の製品開発を行い、時代の要請を敏感に感 じて生きてきた。事業が継続することは、絶えず変化し、脱皮し続けないとい けない。それを歴代の社長は愚直に実践し、結果を出して来た。その間には、 戦争もあり、大地震もあり、リーマンショックもあった。しかし、歯を食いし ばって、頑張って生き残ってきた。 ・自分の企業だけの売上、利益だけで、企業は存続できるものではない。それ なら、規模が大きいところしか生き残らない。ところが、ごく小さな規模の企 業でも、100年、150年と継続している中小企業はたくさんある。逆に、企業規 模が大きくなると、変わることが難しい。大きな船は、急に進路を変更できな い。ゆっくりとしか舵を切れない。曲がっているうちに氷山にぶつかり沈没し た大型船もある。規模が小さいと、強風が吹けば吹き飛ぶが、小回りは得意 だ。あるいは、意思決定は早い。世の中がこう変わると見極められれば、代表 者の一声で大きく変化できる。また、仕入先、得意先、従業員など、利害関係 者との結びつきも強い。みんな親戚付き合いしているようなものだ。 ・当然、地域社会との結びつきも強い。京都市で数年前に、企業規模を誇るの ではなく、地域に根差した企業を顕彰する「地域企業」というキーワードを制 定し、地域に貢献度の高い企業を認定する制度を条例で作った。毎年、自薦、 他薦で多くの企業から認定の申請があり、さらにその中から10社前後を特別に 認定している。業歴はあまり関係なく、京都に深く根ざして、地域をこよなく 愛し、地域と共に発展していこうという意思のある企業を顕彰している。地域 への貢献の方法はさまざまだが、何らかの形で地域に貢献することは、その企 業の存在価値を高めるはずだ。そのような企業に、優秀な人材を積極的に呼び 込む方法を考えないといけない。おカネではなく、休日休暇でもなく、地域で どのように生きていくか。それを真剣に考えている企業には、人材が集まるは ずだ。選ばれる企業になることだ。