**************************************************** ・・・・・経営の現場から・・・・・ 【成岡マネジメントレター】(毎週月曜日発行) 第961回配信分2022年09月26日発行 変えること、変えないこと、判断する英知:第2弾 〜それは経営者の「心の問題」〜 **************************************************** <はじめに> ・2週間前のこの毎週配信しているメールマガジンで、「変えるもの」「変え ないもの」「見分ける英知」というテーマでアメリカの神学者のメッセージを ご紹介した。多くの読者から反響をいただいたので、今回は筆者の独断と偏見 を交えて、続編をお送りしたいと思う。結論から書くと、この「変えるもの」 「変えないもの」「見分ける英知」は、すべて経営者の「心の問題」だという のが筆者の結論だ。過去に一族同族で中小企業の経営に20年携わり、倒産し、 その後自分自身も会社経営を行っている経験から言うと、すべては経営者の 「心の問題」に行き着くのではなかろうか。「心の問題」とは、すなわち「心 の持ちよう」であり、難しく言えば「その人の考え方」だろう。先日お亡くな りになられた故稲盛和夫氏ではないが、つまるところその人の人生観のような ものが根底にある。 ・まず、何を目的に会社を興したのか。あるいは、先代、先々代が会社を興さ れて承継された立場の方なら、何を目的に自分の代で経営を行うのか。この会 社を、企業を、事業を続けていく「目的」が、まず明確なのか。ただ、なんと なく先代から引き継いだとなると、自身の気持ちの拠り所がない。車の運転を 代われと言われたから代わりましたとなる。そういう意味では、二代目、三代 目の方ほど、この「目的」がぼやっとしている可能性が高い。そんな難しいこ とを考えたこともないという方もあるだろう。自分自身の代になり、改めて考 えてみることが大事だ。最近の流行言葉では「パーパス」という外来語?もあ るが、表現は別にして、そもそもの企業の「目的」「存在意義」を、改めて問 い直してみてはどうか。そこから何事も始まる。 ・「目的」や「存在意義」が明確に意識できれば、それに沿って「変えるも の」と「変えないもの」が自ずと見えてくるだろう。見えてこなくても、ぼん やりとでも、この方向に行けばいいという淡い自信のようなものが湧いてくる はずだ。この方向に行けばいいと次第に確信できるようになれば、勝手に、自 然に、「変えるもの」と「変えないもの」が判断できるようになるに違いな い。そうでないと、おかしい。「変えるもの」と「変えないもの」の区別がつ かない、判断ができないということは、すべて経営者自身の「心の中にあるも の」が濁っているのか、透明でないのか。あるいは、まだはっきり明確に意識 できていないのか。時間が経過すれば見えてくる場合もある。それなら、自分 が、いま、見えていないということを意識しておかないといけない。 <迷いがあると間違う> ・「変えないもの」は、意外とはっきりしている場合が多い。やっかいなの は、「変えるもの」の判断だ。私見だが、「変えるもの」には二通りあって、 「今すぐ変えないといけないもの」と「近い将来変えるべきもの」とがある。 緊急度の差だ。あるいは、別の見方で「変えるもの」には「変えればいいも の」と「変えなければいけないもの」とがあるだろう。この「変えればいいも の」と「変えなければいけないもの」の判断、区別も重要だ。後者は変えるこ とが「マスト」になり、必ず、絶対変えないと経営上の支障が出るというもの だ。緊急度が高く、重要度も高い。また、代表者自身が実際に行動しないと、 できないことが多いはずだ。それくらい、この「変えなければいけないもの」 への対応は経営上の重要な課題だ。しかし、なかなか着手できないし、決心が つかない。 ・ひとつは経営者の心の中に「迷いがある」。意識できていることと、それが 行動に結びつくことは違う。わかっているけど、できない、というやつだ。頭 では理解、納得していても、いざ行動に移すとなると、その山の高さ、障害の 大きさに、思わず尻込みしてしまう。あるいは、自分自身に自信がない場合も ある。特に、不得意の分野に関わる場合は、そうだ。どうしても、最後の一歩 が前に出ない。逡巡しているうちに、タイミングを逃し、乗るべきバスは行っ てしまう。もう、このバスは二度とやってこない。「変えなければいけない」 と、以前から意識はしていたが、きっかけが作れない。言い出せないまま、 悶々とするうちに、状況が変化し、環境が変わり、さらに一層変えることが難 しくなる。 ・この「変えなければいけないもの」がわかっているのに、着手できないのは 非常に経営上マイナスの作用をもたらすことが多い。毎日、毎日、マイナスが 蓄積し、目に見えて大きな損害になっていないかもしれないが、徐々に組織を 蝕んでくる。特に、人事面の課題は難しい。設備や機械などは、買い替えれ ば、おカネをかければ可能だろうが、こと、人の問題となると難しい。例え ば、部門のトップに置いている人のパフォーマンスが悪い。部下との摩擦が大 きく、高い頻度で退職者が出る。あるいは、ここしばらく業績が芳しくない。 組織内の融和が見られず、人間関係が崩れかけている。会議をしても意見が出 ない。どうしてかと代表者が悩んでいると、ある若いメンバーからご注進が あった。つまり、その部門のトップのマネジメント能力が問題だと。 <決めないと変わらない> ・部門のトップを「変えなければいけない」と、以前から考えてはいたが、変 えた場合のマイナスの影響を考えると、すぐに踏み切れない。彼は現在のポジ ションから下げると、退職する可能性もある。競合他社に移籍するかもしれな い。仲のいい部下が連れもって退職するだろう。部下との確執はあるにせよ、 能力は高い。個人の能力が高いことと、組織のトップでマネジメントができる こととは異なる。代表者はなかなか決断できないまま、現場は日々動いている から、どこかで一旦停止して組織をやり替えないといけない。動いている車を 路肩に停めて、運転手が交代して、また走り出す。このエネルギーとロスは大 きい。直接売上が一時的に減少する可能性もある。なんとか推移している社業 を、敢えて部門長を変えてまでする必要があるだろうか。悶々と悩む日々が続 いて決断できない。 ・設備はおカネをかければ変えられると書いたが、金額が半端でない場合は、 簡単に決断できない。少し以前だが、大きな建物で事業を営んでいる会社の社 外役員をしていたことがある。当時一番の課題は建物の耐震問題だった。国は 耐震診断をして、問題のある建物は耐震補修をするか、建て替えろと言う決ま りを作った。この企業の建物は古い耐震基準だったので、建て替えをするか、 補修をするかの、二者選択に迫られた。補修なら費用は少ないが、補修をする 間設備の稼働を止めないといけない。当然、生産はできないので、事前に相当 在庫を抱えても、数か月の生産停止はカバーできない。建て替えるとなると、 近隣の別の場所に新しい建物を建設し、機械を移設することになる。投資は相 当な金額になるが、抜本的な解決になる。代表者は、悩みに悩んで、とうとう 結論が出ないまま、取締役会に諮った。 ・取締役会でも延々と議論したが、結論が出ない。もう、意思決定の期限が 迫っているので、成岡もしびれを切らして、この場で意思決定するように促し た。そこで、この代表者の出した結論は、「今日の会議では決めなかったとい うことを決めた」という傑作なジュークにも似た結論だった。この「決めな かったことを決めた」というパラドックスのようなフレーズは、その後の笑い 話としてときどき講演で使わせていただている。参加者は白けてしまって、会 議は即解散となった。結局、その後この企業は決められないまま、コロナ ショックになりさらに結論が先延ばしになっている。生き延びてはいるが、い ずれ大きな決断をしないといけない。あとになればなるほど、影響は大きくな る。マイナスの決定は、早め早めにすることが原則だ。しかし、現実はそう簡 単にはいかない。 <本当にそれが正しいかを問う> ・対世間に対して、まずい、不細工な結論を決めないといけないときも、どう しても「変えないといけない」ことの結論は、後回しになる。成岡の経験した ケースでは、平成2年に15億円で購入し移転した新本社ビルからの数年後の撤 退。広いところから狭い所への引っ越しがいかに大変かは、身をもって経験し た。全国発売の新雑誌の創刊から数年での休刊。早く止めて、出血の赤字を止 めるべきだったが、なかなか休刊という結論は出せなかった。バブルがはじけ て業績が悪化したときのリストラ、整理解雇の実施。多くの事業からの撤退、 各地に設営した支店、営業所の廃止撤退。対外的には影響が大きく、なかなか タイミングを見計らうが、いい時期がやってこない。ずるずると結論を引き延 ばしているうちに、抜き差しならない事態になり、ようやくいやいや撤退の結 論を出したこともある。 ・この「変えないといけない」ものをすぐに変えられたら、あまり被害は大き くないはずだ。それが、なかなかできない。時間が経過し、手間取り、慎重に なり過ぎて、好機を逸する。変えるには、それなりの準備段取りも必要だ。初 めてのことも多い。こうなったら、どうすればいいだろうかと、マイナスのこ とにばかり目が行って、あまり楽観的に考えられない。どちらかと言えば、悲 観的になり、悪いことばかり考える。思考がマイナスのスパイラルに落ち込ん で、限りなくどん底になってしまう。こういうときに、周囲によき理解者がい て、愚痴や文句を聞いてくれるナンバーツーがいると有難い。勇気をもって変 えればいいとアドバイスはもらうが、所詮当事者でなければ分からない痛みが ある。悶々として、胃が痛くなる。ストレスが溜まって、免疫力が低下し、 ウィルスに対する感染の可能性が高まる。成岡も、45歳で十二指腸潰瘍で開腹 手術をした。 ・本当に「変えないといけないもの」は何か。日ごろから、それは自社の経営 理念や事業目的に対して、本当に正しい判断かを何回も自問自答しておかない といけない。「変えないといけないもの」を思い付きで変えてはいけない。十 分時間をかけて、それこそ夜も寝られないほど悩んで、そこから「変えるべ き」と結論が出たら、速やかに実行する。この「熟慮」の期間が短いと、実際 に実行し始めてから悩み、迷い、結論が迷走する。故稲盛さんが第二電電事業 を始めるときに、半年悩みに悩んで、最後にすっきりした結論に達したので、 その時点では迷いはなかったと述べていたが、まさにその通りだろう。つま り、経営者の「心の問題」なのだ。「私心がないか」を何回も問うてみる。 「心」を透明に、すっきりとして判断する。迷いがあるうちは結果は良くな い。