**************************************************** ・・・・・経営の現場から・・・・・ 【成岡マネジメントレター】(毎週月曜日発行) 第959回配信分2022年09月12日発行 ラインホルド・二ーバーの教え 〜変えるものと変えないもの〜 **************************************************** <はじめに> ・20世紀中ごろに活躍したアメリカの神学者でラインホルド・ニーバーという 方がいる。生年は1892年で没年は1971年だ。ここまで聞いて、ああ、あの人か とわかる方は、なかなかの勉強家だ。実は、成岡もこの方の存在は知らなかっ た。つい先日、WEBで開催された1時間のオンラインの講演を聞いて、初めて その存在を知った。この方の名前より、アメリカの教会でスピーチした、次の 文章をご存知の方も多かろう。曰く、「神よ、変えることのできるものについ て、それを変えるだけの勇気をわれらに与えたまえ。変えることのできないも のについては、それを受け入れるだけの冷静さを与えたまえ。そして、変える ことのできるものと、変えることのできないものとを、識別する知恵を与えた まえ」。なんとなく、ご存じのフレーズだ。 ・英語版原文では、こうなる。OH!GOD GIVE US SERENITY ACCEPT TO WHAT CANNOT BE CHANGED, COURGE TO CHANGE WHAT SHOULD BE CHANGED, AND WISDAM TO DISTINGUISH THE ONE FROM THE OTHER. 英語と日本語訳とでは、順序が逆 になっている。これを若干改編したのが、よくビジネスの現場で使われている 「変えるべきものを変える勇気、変えてはならないものを変えない包容力、そ してそれらを見分ける英知」。である。ここまでくれば、よくご存じのフレー ズだ。多くの社訓で使われ、我々も講演のネタでよく使う。そして、さらに我 流で付け加えると、「しかし、実際の現場では、変えやすいものから変え、変 えることが難しいものは後回しになる。優先順位を取り違え、変える対象を間 違える」。 ・多くの現場、事業所、企業ではこのようなミステイクが日常茶飯事に行われ ている。怖いことに、当事者では気が付かないことが多い。少し離れたところ から見ていると、よくわかるのだが、当事者や関係者になると、目先のことに 焦点が当たり、少し先を見ていない。そもそも、人間というものは変化に対し て抵抗をするのが普通だ。ウィルスが体内に入ると、外部からの侵入者に対し て免疫力が働き、撃退する。作業も、仕事の手順も、毎日顔を合わす人も、同 じなら気分が落ち着く。ここに、変化と言うのは外乱になる。ばい菌になる。 変える事、変わることに対する抵抗感はすさまじいものがあり、そう簡単には いかない。トップが「変化」を声高に叫んでも、現場の人は「また、親父がわ んわん言っている」と、取り合わない。そのうちに、またぞろ、忘れるだろう と。 <してはいけないことを決める> ・変わることは、悪いことではない。しかし、すべてが、いいことでもない。 確かに、変わる=変えるものと、変わらない=変えないものを、識別、区別、 認識する段階で間違うことが多いのだ。じっとしていると、水は淀んでそのう ちに腐ってくる。果物の箱も、そのままにしていると上の方から腐ってくる。 世のなかの変化もすさまじく、社会もそれに連れてどんどん変化する。最近で は、コロナやウクライナ紛争のような、自分では抗えない不可抗力のような変 化もある。しかし、目の前で起こっていることは真実だ。不都合なものは見た くないというのは本音だが、まずそれを受け入れるだけの勇気、度量が必要だ ろう。自分だけは関係ないと思っていると、あとで大火傷を負うことになる。 いま、何を変えるのか、変えないといけないのかを間違わないことだ。 ・周囲からいろいろと言われ、そうかとその気になって判断を間違う。成岡の 記憶では、最も顕著になったのはバブル時期。不動産や有価証券を買わない、 持たないと、バカのように揶揄され、金融機関もジャブジャブに資金を貸すと 言われ、ゴルフ場の経営や株、土地、マンションなどにバカな投資をした企業 は多い。本業を忘れて、そもそも自社の存在価値を見誤り、変えなくてもいい ものを敢えて変えたり、変えないといけないものをそのままにしたり。そうい う企業は、ほとんどがバブル期の負の遺産の後始末に追われ、いまだに水面下 に沈んでいる企業が多い。どうして間違ったのかは、後になるとわかる。その 時点では、見ているものが矮小化され、遠くを見ていない。目先、目先の儲け に目がくらみ、本質を見極める眼力を失っている。 ・京都の老舗、100年以上続いている企業では、家憲、家訓というものが残さ れている企業やお店が多いという。古文書に近いので、現代語訳しか分からな いが、関連する書籍を読むと、変えてはいけないものを明確に記されているこ とが多いという。また、同じ意味だが「してはいけない、やってはいけない」 ことを明確に記載しているケースが多い。「これをやりなさい」という内容は 少ない。絶対的な正解というものはないので、ベストの解答はない。教訓的 に、経験的に、先代からの教えで、これをしてはいけないというものが明確に 書かれている。例えば、「賭け事、女色、贅沢」などなどだ。逆に、注力せよ という項目には、「子弟の教育、開店前の清掃、帳簿をきちんとつけること、 学習」などが書かれている。現代でも、十分通用する内容だ。 <反対があっても変えないといけない> ・変えるものを間違うのはなぜだろうか。やっている事業が時代に取り残さ れ、どんどん業績が悪くなる。20年前にあった売上の半分くらいになってい る。特に、この2年くらいはコロナでさらに痛めつけられた。これを挽回する のは容易ではないことは、経営者なら十分承知している。自社のビジネスモデ ルを変えていかないといけないのだが、ことはそう簡単ではない。製造業な ら、機械設備、製造技術、従業員のスキル、得意先と仕入先など、変えないと いけない要素が多い。アルミの金属加工でやってきた会社が、突然最新の機械 を購入して、難作材料にチャレンジしたからといって、明日からそれができる ものではない。数年前から、こういう風になるだろうと確信して、準備をして いないと変われない。それでも、現実は難しい。 ・現場からの反対もあるだろう。現場の従業員は、どうしても昨日までやって きたことに固執する傾向が強い。製品を大胆に大きく変えるなどという決断 は、経営者にしてみれば当然だが、従業員からみればとんでもないという気持 ちになる。昨日まで一生懸命やってきたことを、否定されたように感じ、最初 は必ずと言っていいほど、受け入れられない。某金属加工の会社では、社長が 東京の展示会で見つけた新しい機械を購入し、据え付けたが、当初誰も見向き もしなかった。しかし、一番若い従業員が面白がって、社長にこれで遊んでも いいですかと申し入れ、社長もしぶしぶ承諾したが、その若者が新しい機械 で、非常に付加価値の高い製品を生み出すことに成功した。そうなると、結果 オーライで、一気にその機械を扱う従業員が増えだした。 ・某食品製造会社で、工場見学の希望がときどきあった。代表者は総務の担当 者からそれを聞き、次年度の工場の改修に併せて見学者の通路などの整備をし ようと思い立った。その案を幹部会議に諮ったところ、猛烈な反対が現場から 起こった。つまり、外部の人間にさらし者にされるのは耐え難い。真面目に、 真剣に仕事している場は、見世物ではないと。分からないでもないが、社長は 一生懸命説明、説得し、しぶしぶ現場の責任者も承諾した。工場見学をオープ ンにして、まず地元で見学希望者を募ったところ、びっくりするくらいの応募 者があり、断るのに困るほどだった。見学の回数が増えるに従い、現場の従業 員の目つき、態度が明らかに変わってきた。他人に見られているという緊張感 がいいように作用して、従業員のモチベーションが一気に高まった。日ごろの んびりしている作業員が走り出した。 <優先順位とタイミング> ・何を変えるかという対象を間違うことが、往々にしてある。社名を変えてイ メージダウンした企業。本社の場所を創業の地から移転して、その後うまくい かなかった企業。既存の製品が手詰まりになり、全く異業種の事業に手を出し て失敗した企業。逆に、新しい事業領域に進出して成功した企業も多くある。 いったい、何が違うのか。成功と失敗の違いはどこにあるのか。何が原因でそ の差が出るのか。誰もが知りたいところだが、残念ながらすべてに共通の正解 はないようだ。ただ、言えることは多分に精神論だが、代表者や責任者の不退 転の決意と使命感だろう。単に、目先の売上、利益だけを考えて何かを変えよ うとしても、結局のところうまくいかない。やはり、変えることに必然の理由 がないといけない。 ・なぜ、今か。なぜ、それをやるのか。自分しかできないことか。などなど、 そもそもの原点に遡り根源的に問い詰めて、脳みそに多く汗をかいて、一心不 乱に考えて、結論を出したことは、おおむね成功する確率が高い。変える事に 想いが詰まっている。覚悟もあるし、自覚もある。永年考えてきた自社が未来 に生き残り、成長を遂げるために変わらないといけないことは何かという問い に対して、明快に答えを持ち合わせている。それも、昨日今日考えたものでは ない。代表者になってから、ずっと悩んできた自社を変える勇気を持てるよう になった。いま、取り掛からないと手遅れになる。まさに、「ときは、いま」 なのだ。この社会環境なら世の中が変わりなさいと言ってくれている。その声 が聞こえる。 ・冒頭に書いたが、変えるものと変えないものを見分ける、識別する英知がい る。何回も自問自答して、周囲の賢人に問いかけて、ようやく変えるものと変 えないものとの区別がついた。この場合は本物だ。軽く考えて、お手軽に少し やってみようかとするのも、ある意味悪くないが、長続きするくらいの覚悟が ない。目先の売上の穴埋めをするくらいのものだ。なぜ、いま、それを変える のか。変える必然は何か。そして、周囲にきちんと説明できるか。数週間、数 か月かけてたどりついた結論なら、間違っていない。あとは、粛々と実行する だけだ。実行の段階でも困難は生じる。それも、半端な困難ではないかもしれ ない。しかし、最初に覚悟があれば乗り越えられる。乗り越えることで、また 一枚皮がめくれて成長する。これを繰り返しながら、脱皮を繰り返し、企業は 成長する。