**************************************************** ・・・・・経営の現場から・・・・・ 【成岡マネジメントレター】(毎週月曜日発行) 第941回配信分2022年05月09日発行 事例から学ぶ事業承継その4 〜難しい兄弟間の承継〜 **************************************************** <はじめに> ・多くの事業承継の現場を見てきたが、兄弟で経営することはなかなか難しい ものだと、つくづく感じることが多い。現在の経営者が兄弟で経営されている 場合と、後継者が兄弟で候補者がいる場合など、兄弟にまつわる事業承継の悩 みは結構深いものがある。最後の最後は当事者同士の意思疎通、コミュニケー ション、相互理解という、いつもながらの命題に行き着くのだが、現実に起 こっていることはそう簡単なことではない。古来、日本国の戦争の歴史はほと んどが親族一族、なかんずく親子や兄弟での反目や裏切り、信頼感の欠如によ る内紛だ。つい先日放送されたNHK大河ドラマの「鎌倉殿の13人」も現在のと ころは、源氏一族の兄弟間の争いごとが主たるテーマになっている。 ・まず、わかりやすい例として後継者候補に男子の兄弟がいる場合を想定しよ う。年齢差や長男次男など、いくつかの組み合わせがあるが、成岡が経験した 事案の場合は、弟が先に会社に所属し、兄が別の企業に就職していたという ケースが意外と多かった。弟が後継者として先行して会社に入り、それなりの ポジションに就いている。兄は、社業には関係ない企業に所属していたので、 そのままなら平穏に弟が承継する予定だった。ところが、兄が在籍していた企 業の業績が悪化し、希望退職を募る事態になり、兄が応募して退職した。そし て、現在の代表者の父親に相談し、弟もいる会社への転籍を決めた。そして、 そのことを弟に事前に相談することなく、入社の直前になって代表者の父親か ら弟に告げることとなった。そこから紛糾の事態が始まった。 ・その後いろいろなことが起こり、紆余曲折の末、最終的には弟が代表取締役 社長に、兄が代表取締役専務になって落ち着いた。弟が営業及び対外的な活動 を、兄が社内の製造と管理業務を分担することで、現在では円滑に運営されて いる。ポイントは、2名の代表者制にすること、ただし株式は7対3で弟の社 長の方が3分の2以上を保有する、報酬は同額にする、など多くの話し合いの 結果、そのような条件で落ち着いた。この兄弟は、以前から意外と仲が良く、 よく兄弟の家庭同士で交流がある。奥さん同士も親しく、反目している様子は ない。従妹同士の子供たちも、親と同様に仲が良く、一緒によく遊んでいる。 子供が小さい時代は家族同士で夏休みなどは一緒に旅行に行ったりする。そう いう関係ができていれば、社長と専務で兄弟として立場は逆転しているもの の、特に大きな問題は起こらない。 <経営陣での兄弟間の承継> ・逆に、同様に弟が後継者として仕切っている企業に、兄が戻ってきたケース で役割分担が明確に切り分けできず、お互いが反目して収拾がつかない場合も あった。そもそも、弟が後継者と目されていた企業に兄が戻るケースだから、 当然弟にしてみれば面白くない。最初から継がないと決めて別の業界に行った 兄が、どんな理由があったにせよ、突然戻ってくるというのは許せない。こう いうケースでは現在の代表者、つまり兄弟の父親のリーダーシップが欠如して いる場合が多い。弟に配慮しすぎ、兄にいい顔をして、両方の立場を尊重しす ぎるから、話しがややこしくなる。代表取締役社長の父親が決めたことは絶対 的な決定なのだ。そこに、親子や兄弟という一族の関係を持ち込むからややこ しくなる。決めたことは、決めたことだから、収拾の責任は代表者にある。逃 げてはいけない。 ・兄弟も2歳や3歳違いだと、ほとんど同じだ。小さいときは、兄、弟の関係 だが、成人して社会人になり、まして会社経営に携わるとなると、2、3歳違 いは違いにならない。ところが、6歳以上年齢が開いていると明らかに上下関 係がある。成岡の知っている事例での最大の年齢差は8歳だったが、この企業 では弟の専務が自身は後継者ではないと、最初から自覚している。兄に長男が いて、他社に在籍はしているものの、その長男が後継者であり、自身が一度代 表取締役になると、逆にまずいと思って早くから自身は社長にならない、なり たくないと、宣言している。従業員も、社長の長男が早く戻ってきて欲しいと 思っている。こういうケースで、長男が戻ってくれば、早晩兄の社長と弟の専 務が時期を少しずらせて退任することになるだろう。 ・その場合、兄の代表取締役社長が考えるのは、退職金や辞めるまでの処遇 だ。自身が先に会長になり、2年間もしくは4年間だけでも弟を代表取締役社 長に就任して、その後自身の長男に禅譲してもらうという選択肢を決めた企業 もある。このケースは兄の社長と弟の専務が2歳違い。また、兄の社長が2歳 下の弟を他社から引き抜いて現在のポジションに就けたといういきさつがあ り、簡単に辞任退任というのは、いかがなものかと考えた。そこで、2年もし くは4年という短期政権だが、いったん弟に代表取締役社長を譲り、自身は会 長になって支えるという選択肢を決めた。決めたのだが、弟の専務が断った。 2年や4年では代表取締役の変更手続きを、またぞろすぐにしないといけな い。ショートリリーフとわかって、最初からするのは無駄だと正論を唱えて、 この案は没になった。 <誰が承継するのかを決めるのは> ・双子の一卵性双生児で兄弟が役員に就任している企業もあった。また、父親 の代表取締役社長も男の3人兄弟の真ん中。兄が会長で、下の弟が取締役。専 務と常務に双子の社長の男の子が就任し、さらに長女やその夫も一族として経 営に関与している。社長や兄の会長のそれぞれの奥さんも何らかの形で社業に 関与しており、この企業からの相談があったときは、さすがに家系図をいただ くまで、関係が複雑すぎてこんがらがった。同じ苗字の人が家系図、組織図の 中にごまんと記載され、誰が誰か見当がつかない。株式の持ち株割合、相続人 の関係、自宅を含む不動産の所有、会社で使用する事業用資産と一族が保有す る個人資産との切り分けなど、今までで最も複雑怪奇な事例だった。現在は双 子の長男が社長に就任している。 ・逆に後継者に兄弟がいなくて、一人っ子という場合、その人が承継するなら 話しは簡単だが、唯一の後継者が承継しないと言い出した場合は、ことは相当 複雑になる。その場合は、順番からして、従業員であり、それが難しいなら外 部の第三者になる。一人っ子の後継者がすんなり承継する場合は、外から見れ ばなんの問題もないが、逆に能力的に難しい場合や性格的に向いていない場 合、選択肢がないのでその人に継いでもらうか、もらわないかは究極の選択に なる。特に、この場合、母親の意見や主張が通る可能性が高く、父親の代表取 締役社長の意向が通らないケースが多い。社長は子息に継がせたくないと判断 したが、母親が継がせたい一心で、無理難題を通す可能性がある。兄弟が多い のも難しいし、兄弟がいない場合も選択肢がないので難しい。 ・兄が継ぐのか、弟が継ぐのかを決めるのは誰か。それは現在の代表取締役で ある父親の一存しかない。従業員が投票で決めるのでもないし、金融機関がア サインするのでもない。形式的には役員会、株主総会の決議を経て代表取締 役、社長が指名されるのだが、中小企業では現在の代表者である社長の一存で 決まる。それだけに、いったん決めればほとんどの場合、この決定が覆ること はない。兄弟が両者とも在籍している場合、普通なら当然のごとく次の代表取 締役は長男がなる場合が多い。年齢差、経験の違いもあるが、やはり年長であ り、長男であり、その実家の最終的な責任者は長男であり、そこによほどでな い限り次男が承継することは極めて稀だ。しかし、経営者としての適性がある か、ないかは、誰にも分からない場合が多い。 <最後は密なコミュニケーション> ・いったん長男を後継者に指名して、父親がそのポジションを譲り、数年して から長男をクビにして弟を代表取締役にしたというケースは、成岡の知る限り 1例しかない。それくらい、兄弟間で誰を次の代表者にするのかは、その企業 の生死を握る重要事項だ。それくらい大事な決定だが、その決定に他人が関与 する余地は極めて小さい。相談相手は、顧問税理士か社長の同年代の友人くら いだろう。まして、あかの他人に相談できるものではないし、兄弟の当事者に 尋ねるものでもない。兄が全く経営者として向いていないなら、相対評価で弟 のほうがましかということはある。しかし、それも消去法であり、兄が少し経 営者としての資質に欠け、比較して弟の方が多少経営者として向いているくら いの、わずかな差だろう。絶対的に兄がダメで弟が優れているというケースは 少ない。 ・京都府下の中小企業で、兄弟が経営陣に全員在職し、長兄が代表取締役社 長、次男が専務取締役、三男が常務取締役で、日ごろは役割分担ができていて うまくいっている。この企業で、長男の代表取締役の方が70歳を超え、次男、 三男も相応の年齢になった。さて、そこで代表取締役社長の長男が次の社長に 就任するのだが、自身の弟である専務や常務の処遇に悩んでいる。まず、長兄 が代表取締役を退任辞任するときに一緒に退任することが正しいか。それなり に役割分担しているので、兄弟3人が同時に一緒にいなくなると、次の後継者 が不安になる。といって、長兄が引退したのに、次男、三男の専務や常務が会 社に残るのもおかしい。一緒に辞めると心配だし、残留すると障害になる可能 性もある。退職金が払える原資があるのかも問題になる。 ・ことほど左様に一族同族の承継事例のなかで、兄弟で円滑に円満に承継が行 われたという事例は、実はあまり知らない。我々のところに相談があるのは、 うまくいかない事例の相談だ。しかし、よくよく考えてみると兄弟間の意思疎 通の欠如であり、小さい出来事からの疑心暗鬼であり、信頼や信用をなくした 結果であることが多い。父親である現社長の兄弟間の不仲、その後継者である 長男やその兄弟の争い。そこに、会社の経営と一族の相続の争いごとが持ち込 まれる。これをきちんと切り分けないといけないのだが、ほとんどのケースで は会社と一族が混同され、きれいに整理できていない。この交通整理をするこ とが我々の使命であり、もつれた糸をほどくのが仕事なのだ。もつれる以前に 手を打つ。争いごとになる前に和解する。すべては相互の思うやりと信頼、そ してコミュニケーションがカギだ。