**************************************************** ・・・・・経営の現場から・・・・・ 【成岡マネジメントレター】(毎週月曜日発行) 第925回配信分2022年01月17日発行 新規事業の成功確率はそんなに高くない 〜高くないがやってみないとわからない〜 **************************************************** <はじめに> ・知己の企業が事業再構築補助金の申請を提出した。提出内容に関しては、特 に関わることは敢えてしていないが、採択の結果はともかく既存の事業の中味 を変えていこうという代表者の意思は大いに評価できる。補助金のタイトルが 「再構築」とあるので、まさに内容的に「再構築」でないといけない。いけな いが、そう簡単に再構築ができるものではない。以前からサイドビジネス的に やっていた事業を、もっと前面に押し出したり、本業の周辺で小さな規模で やっていた事業を拡大したり、それぞれの企業での事情がある。果たしてこの 新しく力を入れる事業が育つかどうかはわからないが、少なくても代表者の意 思は見えてくる。まず、意思がないと何も進まない。 ・新規事業の成功確率はそんなに高くない。筆者も以前新規事業ばかりを集め た事業部の責任者を務めていたことがあったが、そう簡単なことではない。い まから20年近く前だから、当時としては斬新だった通信教育やテレマーケティ ング、新形式の雑誌など、複数の事業部の責任者をしていた。通信教育は大阪 に本社のある某大手職域販売の企業とタッグを組んで、顧客である職域内の女 性向けの数種類の企画を開発した。開発はしたが、ほとんどは事業としての採 算が取れなかった。数件の職域でテスト的にマーケティング活動をしたが、反 応は期待を大きく下回った。結局、プロトタイプは開発したが最終的には商品 化は見送られた。それまで相当の投資を行ったが、すべてサンクコストつまり 沈んだおカネになってしまった。 ・テレマーケティングの部門は、アウトバウンドといってこちらから見込み客 に電話でサービスの案内をするというものだ。詳細を書くことはできないが、 まず見込み客にこのサービスに興味があるかどうかを電話で確認する。その後 紙ベースの資料を送付し、内容を見てもらったうえでさらに詳しい説明を電話 で行う。相当時間と手間のかかるビジネスモデルだが、もう20年以上前だった ので当時としては相当規模の事業に育った。販売部門は子会社化し成岡は5年 間ほどこの子会社の代表取締役も兼務していた。営業拠点は全国に数か所設 け、それぞれの営業拠点に10名前後の営業社員が在籍していた。仙台、東京、 名古屋、大阪、福岡の5拠点あり、月の内半分はそれぞれの営業拠点を訪問し ていた。 <新形式の雑誌の立ち上げはいばらの道> ・新形式の雑誌事業も、当初困難を極めた。その後、このビジネスモデルはメ ジャーになり、新しい雑誌の出版形式として定着するのだがそれまでは本当に いばらの道だった。いつもそうだが、新しいことは最初ノーから始まるのが日 本の商習慣だ。簡単に言うと、雑誌に付録をつけてその付録に価値があるのだ が、当時の公正取引委員会の決まりは、付録とは本体=雑誌の価格の10%以内 という決まりがあった。本体価格は付録込みで1,000円とすると、付録は100円 以下にしないといけない。当時の企画は、雑誌は毎週有名な作曲家のシリーズ で著名なオーケストラの演奏を収録したCDが付いている。そのCDをセットにし た週刊で発行する形式の雑誌の発売に横やりが入った。書店や流通会社からも クレームが付いた。 ・当時ではCDは結構高額の商品だった。雑誌にCDを付録で付けたらCDだけが盗 難にあう確率が高い。あるいは、輸送中にCDが痛む可能性がある。平積みにし たときに一番下の商品が傷まないか、などなど山のごとくブーイングの嵐だっ た。CDはプラスチックのブリスターパックという包材に入れるのだが、強度な ど何回テストしたか分からない。そして本誌の見本をつくりブリスターパック に入れてパレットに積んで10トン車で関西から首都圏の物流センターまでの輸 送テストを数回行った。また、落下テストなど強度を保証するテストも限りな く行った。そういうテストを繰り返し、データを数字で証明して、ようやく流 通会社や書店側が納得、了解してくれた。付録の10%ルールに関しては書店側 からの働きかけで実現した。 ・書店側からすれば、小売店として高付加価値の商品が大量に流通するのは非 常に有難い。それまでの商慣習やルールを変えて、自分たちのメリットになる のなら協力は惜しまないと言ってくれた。このプロジェクトは、ようやく実現 するのだが結果オーライになると反対していた声は瞬時にかき消された。勝て ば官軍と言うが、まさにそれ。CD以外の後続の企画もその後続々と登場するだ が、最初に風穴を開けることがいかに難しいことか、よくわかった。結果だけ を見てはいけないということも勉強した。そのプロセスをしっかり検証し、ど こがボトルネックなのかをしっかり観察することも大事だということを痛感し た。その障害はどこが律速になっているのかを理解することが非常に重要だ。 <止めどきの判断は難しい> ・ことほど左様に新規事業はハプニングの連続だ。当時在籍していた出版社で は、従来の学術書や専門書、一般書籍だけでは手詰まりと言うことは、十分承 知していた。なので、新規事業部門の責任者に任命され、それまでとはコンセ プトの異なる事業の立ち上げを任された。成功した事業は少数で、うまくいか なかった事業の方が多い。完全な失敗ではないが、どうも当初想定したような 事業になかなかならない。特に、国内では自前で立ち上げた新規事業より、海 外からコンテンツを持ち込んで日本向けにアレンジしようとした事業がうまく いかないことが多かった。海外で成功した企画も、日本国内向けにアレンジす るのは非常に難しい。文化、風俗、習慣、歴史など社会文化的なものはそう簡 単にアレンジできるものではない。表面的には変えても、本質的な部分は変え られない。 ・難しいのは止めどきの決定だ。スタートするときは活気があり、気分も高揚 している。全国発売の雑誌などは、仕込みに相当の投資をして、満を持して 打って出る。数億の企画を担当したことも多かったが、発売まではスタッフ全 員のモチベーションは非常に高い。ところが発売して思うように結果が出ない と、あっという間に意気消沈してしまう。月刊誌などは連続でリリースするか ら、現在発売の号の数か月先の企画を仕込んでいる。そのための先行費用はば かにならない。売れ行きに一喜一憂しているが、内心ひやひやしながらの綱渡 りだ。経営的に厳しい状況になると、事業の存続が役員会の議題に毎回挙が る。担当の役員としては、毎回の取締役会が針のむしろになる。当然見通しを 聞かれるのだが、なかなか正確に答えられない。 ・本当に止めどきの決定は難しい。多くのマイナスの影響が出るので、ひとつ ずつ検証していると、結論は止めない方がいいとなることが多い。まして、現 場からは何とか続けたい、何とかしようという意見が当然出てくる。自ら止め ようと言い出す担当者は、まずいない。自分たちがやってきたアイデンティ ティが消失してしまう。自分たちの価値を自ら否定することになる。自殺して 列車に飛び込むようなものだ。まして、代表者が大きな期待をもって海外の出 版社と提携した企画だ。当時、業界では話題になりメディアにも取り上げられ た。それを自ら失敗と認め、旗を降ろすのは断腸の思いなのだ。進むより、後 退、撤退することの難しさをいやというほど味わった。当然、役員として責任 も取らないといけない。 <まず経営者の意思を示す> ・故人となったプロ野球の野村監督の名言に、「勝ちに不思議の勝ちあり、負 けに不思議の負けなし」というのがある。成功の要因はなかなかよく分からな いものだが、失敗には必ずと言っていいほど明確な理由がある。失敗からは多 くのことが学べる。高い月謝を払ったというフレーズをよく聞くが、まさにそ の通り。月謝を払ったのなら、その払ったものからの対価を持って帰らないと いけない。手ぶらではいけない。しかし、多くの企業を診ていると失敗から学 んでいる経営者は少ない。そして、同じようなミスをまた犯す。1回の失敗は あり得るが、同じようなマイナスを犯すのは、愚の骨頂だ。他人がやっている ことはよくわかるが、いざ自分自身のこととなると、途端に判断を間違う。撤 退の決断は、早い方がいい。 ・日本では失敗した経験が、なかなか活かせない。一度、失敗したという烙印 を押されると、途端に評価が大きくマイナスになる。おカネがつきまとうの で、そういうことになるのだが、借入の保証などその最たるものだ。一度保証 でマイナスが付くと、相当長期間にわたってその評価が残ってしまう。まし て、親の事業に関しての保証まで引きずることになる。自分自身はほとんど責 任の範疇ではないのだが、たまたま親が借金をしたときにした保証を、そのま ま承継したり相続したりすると、長期間それに苦しむことになる。こうれが後 継者に事業を承継するときにネックになるので、保証の解除と言うミッション も事業承継・引継ぎ支援センターにはある。解除は金融機関がするのだが、そ の条件を整える前裁きをセンターが行っている。 ・事業再構築であれ、新規事業はなかなか難しいものだが、挑戦しないと何も 生まれない。黙って見過ごして、通り過ぎると、二度とチャンスはない場合が 多い。よく成岡の言う例えに、「行き先が書いていない満員のバスに乗る勇気 があるか」ということだ。ほとんどの経営者の方は、この行先の書いていない 満員のバスを見送る。また次が来るだろうと思っていると、なかなか次のバス は来ない。来るかもしれないが、来ないかもしれない。自らの意思で乗ること が大事だ。そして、乗ってみて、間違ったと思ったら、すぐに降りることだ。 ぐずぐずしていると、どんどん違う方向に行ってしまう。もちろん、成功に向 けて最大限の努力を惜しんではいけない。しばらく、この新事業に集中するこ とが大事だ。一心不乱に集中すると、何かが見えてくる。