**************************************************** ・・・・・経営の現場から・・・・・ 【成岡マネジメントレター】(毎週月曜日発行) 第651回配信分2016年10月17日発行 成岡の40年の社会人生活の軌跡をたどる:その49 移籍した中小企業で経験したシリーズ 〜キャッシュリッチのときになるべく支払いを済ます〜 **************************************************** <はじめに> ●最終的に、いつをXデーにするのかを決めたのは弁護士さんを中心とする チームだが、出版社のキャッシュフローは極めて世間の常識とはかけ離れてい る。以前にも書いたが、新刊書の売上の精算は発売後3か月。つまり返品の数 字が確定しないと、売掛金の精算ができない。例えば、10月の20日に新刊書を 5,000部発行し、取次という問屋に納品すると、いったん5,000部で売り上げが 計上される。そして、納品された5,000部が全国の20,000軒の書店に配送され る。どの書店に何冊配本するかは、取次が決める。 ●そして最長で3か月間ほど書店の店頭に委託販売で預けられる。つまり委託 販売だから、預けた新刊書は出版社の在庫で、俗にいう「市中在庫」なのだ。 書店は預かっているだけで、売れ残れば返品すればいい。非常に合理的と言え ば合理的だが、書店にリスクがほとんどない。売れても売れなくても、リスク が少ないのだ。大半のリスクは出版社が背負うことになる。そして、3か月後 くらいに売れ残った数量が確定し、売れ残りが出版社に返品され、売れ部数が 確定する。その数字が確定してから売掛金が精算される。100日前後の手形払 いとなる。 ●おおよそ20日か25日に主要な取次から手形で精算される。考えてみれば、新 刊書の制作にかかってから長ければ1年がかりで現金化されることになる。そ の間、印刷代、製本代、広告宣伝費、営業経費、物流費などの原価や費用が先 行して出ていく。まことにおカネのかかる話しで、現金が潤沢にないと出来な い商売だ。一般の書籍はこのような精算になるが、専門書や学術書は返品がほ とんどないから、部数が読みやすい。在庫は一部残るが5年以内にほとんど在 庫ははける。部数は少ないが、確実な商売になる。 <連鎖倒産だけは避けないといけない> ●学術書、専門書の事業領域で地味にやっていればよかったのだが、週刊分冊 百科の「グレートアーティスト」という爆発的に売れた雑誌企画の大ヒットに 色気を出して、一般書に進出したのが命取りになった。超多額の運転資金が必 要で、当時バブルの世の中で金融機関が、ごまんと資金を融通してくれた。そ れをいいことに、調子に乗って一般書のジャンルに進出し、不発の企画を連発 し、とうとう資金繰りが立ちいかなくなってご臨終を迎えることとなる。最後 の乾坤一擲の大勝負に出た「マドンナ」の写真集も、増刷の判断ミスで救世主 にならなかった。 ●そして、いよいよ迎えるに至ったXデーがいついつと知らされたのは、その 数日前だ。このXデーは、その直前に多額の売掛金の入金が取次店からあり、 その資金でとにかく支払いをしないといけないところの分を最大限支払いを済 まさないといけない。外注先、仕入れ先、従業員の給料、社会保険料など、支 払いを優先しないといけない債権は、山ほどある。金融機関への返済は、最後 の最後で、とてもそこまでは資金が足りない。とにかく、中小零細の外注先、 仕入れ先に優先的に支払いをする。 ●当時、最大で100億円の売上のあった出版社だが、外注先の個人事業主や零 細な仕入れ先などは、非常に規模が小さいところも多かった。ご主人と奥さ ん、そして数名の従業員でやっている外注先も多くあり、そのような零細企業 への支払いを優先しないといけない。連鎖倒産は避けないといけないので、何 としてもそのような零細企業への支払いを優先する。そして、25日に従業員へ の給料を支払いを済ませる。そして、翌日にXデーを迎えるという前日に、 我々役員幹部が集められ、翌日の段取りを打ち合わせすることになる。 <東京支店に全員集めて会社の清算を告げる> ●当時、東京支店にも多くの従業員が在籍していた、最盛期には150名を超 え、お茶の水と水道橋の中間にある6階建てのビルを全棟借りていた。直前に は2フロアー分返却したが、それでも100名以上がまだ在籍していた。破産清 算の業務は、密かに京都本社で行っていたので、東京支店の従業員にはあまり 京都本社の切羽詰まった緊張感や、切迫感はない。のんびりはしていないが、 当然温度差は大きい。そこに、降って湧いたように倒産破産の通知をしないと いけない。こういうときは、一族同族が火の粉を浴びるしかない。 ●かくて、新幹線に乗り当日朝一番で東京支店に赴いた。なぜか、ことここま で来ると、もうどうじたばたしても始まらない。まな板の鯉のように、完全に 開き直ったので、あまり緊張感もないし、怖いもの知らずの心境になった。や たら落ち着いており、何か平然としていた。東京支店のメンバーの出勤は、京 都本社より多少遅く、だいたい9時30分くらいにならないと出勤して来ない。 しかし、当日は京都から出向いて重要な話しがあるからと事前に通知していた ので、その時間にはほとんど全員が在社していた。 ●2階の営業のフロアーにほぼ全員が集められ、残念ながら会社を清算せざる を得なくなったことを伝えた。さすがに、心臓がどきどきし、言葉もスムース には出なかったが、特に動揺もなく、意外と平然と全員が聞いてくれた。逆 に、構えていたので拍子抜けしたくらいだった。おそらく、みんなそれなりに 覚悟していたのだろう。数名から今後のことに関して、いくつかの質問が出た が、パニックになるようなことはなかった。今後は弁護士や管財人のほうか ら、いろいろと指示があるだろうから、それに従うようにと通知した。どっと 肩の力が抜けた。 <想像していたほど動揺はなかった> ●実質的な東京支店長は、成岡が京都へ戻ってからいなかった。ほとんどマネ ジメントらしいマネジメントもできずに、破綻を迎えたことになり、非常に悔 しい思いをした。しかし、東京支店の従業員は、ほとんど全員若かった。40歳 台は少なく、ほとんどが20歳台から30歳台だった。そして、東京というところ は出版業界のメッカでもあり、近い業界に再就職するには、そんなに苦労はな かった。そして、出版業界は水商売と言われるくらい、浮き沈みがあり、栄枯 盛衰も甚だしい。若い社員は意外とさばさばしていて、さっさと転職の準備を 始める者が多かった。 ●それに引き換え、京都本社の社員は比較的年齢層が高く、また、周囲に同業 他社もあるものの、東京ほど数は多くなく、まして、再就職者を採用してくれ る出版社などは、非常に少ない。京都本社に在籍していた150名くらいの社員 の再就職は、困難を極めた。しかし、再就職どころか、まずは清算の後始末を しないといけない。その後すぐに未払金の精算をめぐって海外の出版社と係争 になったりした。また、当然裁判所からいろいろな手続きのことの指示があ る。資産や負債の確認作業や、社員の離職、退職の手続きもある。 ●退職金も、中退金からの支給の手続きや解雇予告手当の支払い、離職票の発 行、社会保険の手続きなど、逆に倒産の嘆きを言うどころの騒ぎでもない。逆 に、業務が忙しくぼっとしている時間もない。倒産の悲哀に明け暮れる自分を 想像していたが、それとは逆に仕事は滅法忙しかった。逆に、つまらないこと を考えている余裕もない。それがかえって幸いし、担当者としては多忙を極め た分、時間があっという間に過ぎていった。詳細に関しては、まだ関係者も存 命なので、子細は書けないが一区切りついた。しかし、困難はこれから始ま る。