**************************************************** ・・・・・経営の現場から・・・・・ 【成岡マネジメントレター】(毎週月曜日発行) 第1161回配信分2026年07月27日発行 少子化の本当の原因はインフレ 〜結婚・出産が「普通」ではなくなった〜 **************************************************** <はじめに> ・昭和54年1979年の「国民生活白書」には、「中流意識が定着した」と公式に 政府が認め、「1億人総中流」と呼ばれた時代があった。今の若い世代の方 は、ご存じない時代のことだ。当時は、経済成長期、大量生産・大量消費の時 代で、白黒テレビ・電気洗濯機・電気冷蔵庫という「三種の神器」がほぼ全国 の家庭に普及した。続いて「新三種の神器」と呼ばれたカラーテレビ・クー ラー・自動車が夢から現実になりつつある時代だった。いわゆる「3C」時代 の到来だった。夢が現実になりつつあり、標準世帯が夫婦と子供2人の家族形 態がそうよばれた。一戸建てのマイホームが頑張れば達成可能で、手に届く時 代だった。確かに、この時代は多くの人々が自分たちは「普通」であると認識 していた。「普通」であれば、標準的な生活が送れた。 ・「普通」とは何か。普通という言葉の定義としては「大多数の人々が共有 し、標準的と見なされるもの」を指す。「皆がだいたいこうしているという状 態」と言ってもいい。しかし、今やその「普通」が「普通」ではなくなりつつ ある。いわば世の中に「普通のインフレ」が起きている。そして、これこそが 今の婚姻減や少子化につながっている。皆婚時代で標準世帯が普通だった時代 は当然、未婚率は低く、出生数も多かった。誰もがいつかは結婚して家族を持 つのだろうと将来を思い描いていた。事実それは難しいことではなかった。そ れが「普通」だった。しかし、もはやその「普通」は失われつつある。普通に 恋愛して、普通に結婚して、普通に子どもを産み育てるという「普通」は、一 部の上位層に限られるような時代になった。 ・恋愛も結婚も家族を持つことも、今では「普通ではない」。なぜなら、普通 のはずの中央値のレベルは、「普通」では到底達成できるものではなくなっ た。特に、2014年以降の10年でそれは顕著になった。以下、NETでの情報を元 に、少し大事な部分をピックアップしてみる。2014年から2024年までの10年間 の客観的な数字のデータがある。(以下、数字の前者は2014年、後者は2024 年)@総婚姻数(組)は643,783→485,029で△24.6%になった。A25歳〜29歳 の男性初婚率(対人口千人当たり)は48.59%→33.88%で△30.3%減少した。 B同様に、25歳〜29歳の女性初婚率(対人口千人当たり)は58.56%→39.43% で△32.7%減少した。C総出生数は1,003,609人→686,173人となり、とうとう 70万人台を割った。 <結婚も子供も「贅沢品」> ・出生数は婚姻数に完全に依存するため、婚姻の減少がそのまま出生の減少 (△31.6%)となっている。しかし、実は総婚姻数は24.6%減だが、これらは ほぼ20代の婚姻減。25〜29歳の男女の初婚率もそれぞれ30%以上も減ってい る。が、注目すべきは、CPM(Children per Mother=1人以上産んだ母親の出 生数)は2.06人から2.10人へとむしろわずかながら増えている。これが増えて いるのに、出生数や出生率が減少しているのは、15〜49歳の無子率(未婚と既 婚無子の合計)が47.1%も激増していることによる。つまり、出生数・出生率 の低下は、子育て世帯が子どもを産んでいないのではなく、そもそも未婚が増 えていることによるものと結論づけられる。つまり、「普通」に結婚する人た ちが減ったことが少子化の最大の原因になっている。 ・重要なことは、初婚や出生の3割減と完全に負の相関で一致するのが、結婚 ・出産できた世帯(児童のいる世帯)の世帯年収の増加率だ。児童のいる世帯 の世帯年収中央値は22.8%増、20〜30代に限って比較すると31.8%増。これだ け大きく増えたのはよいことだと思ってしまうが、一方で、児童のいる世帯数 は20.5%減。つまり、世帯年収の中央値があがったのは、そもそも世帯年収が 高い層しか結婚・出産ができなくなったことを意味している。その証拠に、単 身世帯を含む総世帯の世帯年収中央値はこの10年間で全く増減していない。言 い換えれば、ある程度の経済上位層しか結婚も出産もできなくなった「結婚と 出産のインフレ」が進んだという状態が新たに生まれたということだ。一定の 収入以上がないと結婚できないのだ。 ・20代が結婚できると思う世帯年収意識の中央値は、この期間に24.5%も上昇 した。同時に、出産(第一子)できると思う世帯年収意識の中央値も26.6% 増。ちなみに、この間の物価指数上昇は1割程度に過ぎず、実体インフレより も「結婚と出産のインフレ」が過度に進んだと言える。そうした「結婚・出産 のインフレ」とほぼ同じように、20代若者の「不安のインフレ」も起きてい る。若者の「将来の経済的不安」は23.7%も上昇した。要するに、婚姻や出生 が3割も減った構造的背景には、そもそも結婚や出産するための経済条件が3 割近くもインフレし、それをクリアできている経済上位3割層は別にして、残 り7割の中間層の若者にとって、結婚も子どもも「贅沢品で手に入れられな い」高額ブランド品と化してしまった。 <今までの普通が普通ではなくなった> ・もうひとつ重要な傾向がある。人々の主観的な「普通意識」もインフレして しまっている。内閣府が出している「国民生活に関する世論調査」では、生活 の程度を上・中の上・中の中・中の下・下という五段階に分けて聞いた長期推 移結果がある。上位2つ(上+中の上)を上位層、中の中を中間層、下位2つ (中の下+下)を下位層の三階層に分けた推移では、1970年代から2020年にか けて、中間層はおおむね50〜60%で一定だった。しかし、近年急激に下降して 2024年には46.8%まで低下し、その代わり、上位層と下位層が増えている。つ まり、真ん中の中間層が細ってきている。これは、かつて「皆が共有し、多く が属していた普通」が、上下に分かれ、二極化しつつあることを意味する。つ まり以前の「普通」層が上下に二極化した。 ・これは実際の所得階層の話ではなく、決して、貧困層や富裕層が増えている ということを示すものではない。あくまでそれぞれの人々の中において「自分 は普通の暮らしを送れている」と思える人が減ったということを意味してい る。いいかえれば普通の基準が厳しくなったということだ。たとえば夫婦世帯 ならば、メディアは「共働き夫婦が増えた」などと、さも夫婦の価値観が変 わったように悠長に報道するが、実情はそうではない。「共働き・二馬力で稼 がないと生活が成り立たなくなってきている」からそうなっているだけだ。以 前の、夫、旦那一人の稼ぎだけではメシが食えなくなってきたということが、 この調査の数字に顕著に表れている。ダブルインカムにならないと暮らせない という切実な生活感からの実態だ。間違ってはいけない。 ・日々の食品などの物価高に加えて、住宅費も高騰。マンションにしても、一 戸建てにしても、住まいを手に入れることは大変なことになった。地方在住の 人にしてみれば「生活の足」であるクルマのガソリン代の高騰もある。子ども のいる世帯は将来の教育費が心配だ。自分たちの老後資金のこともある。年金 制度も、いつ崩れるか分からない。医療費もどんどん高くなる。何から何ま で、物理的なインフレとともに、かつてそんな心配は無用だった「普通」の意 識のインフレが同時に起きている。要するに「普通の暮らし」をするために 「必要なコスト」がインフレのために、「今までの普通が普通ではなくなっ た」ということだ。インフレに伴って給与が上がらない。年間の総収入が増え るのは、一部の限られた業界の人だけになった。 <失われた安心の共有感> ・失われた「普通」とは何か。それは、職業や所得、住むエリアや、未婚か既 婚かという世帯構造が違っていても、それぞれの人がそれぞれの人生で「将来 なんとかなる」と思える「安心の共有」だった。それが不確実性や不安の増加 に伴い、「安心するためにはここまで必要」という普通の基準があがってし まった。その高くなった基準をクリアできる層はいいが、それらはせいぜい上 位3割程度に限られる。それ以外の7割は、「客観的に普通であっても安心でき ない」心理状況に追い込まれてきた。働いてもまだ足りない、夫婦二馬力で稼 いでも追いつかない。毎日働いて疲れ果て、子どもとの時間も楽しめなくな る。一体何のために働いているのか、わからなくなってしまった。この安心感 の喪失、不安感の増幅効果は大きい。 ・結婚を希望する若者たちも、知らぬ間に、結婚の条件が、年齢や年収だけに とどまらず、家事育児能力やコミュニケーション力、果ては「清潔感」という 名の下の容姿まで徹底的に吟味される条件競争の中に巻き込まれている。加え て、職場では恋愛はリスク、交際にあたっては同意が必要などと面倒な規制ば かりが増えて、安心を得るためにはむしろ「何も行動しないほうが得なのでは ないか」と思うようになった。若者がことさらコスパ・タイパを口にしてしま うのも、「普通が普通ではなくなった」現代においては、「普通の安心を得る ための防御本能」なのかもしれない。また、独り暮らしも以前は家事が非常に 大変だったが、CVSや深夜スーパーが普及し、掃除、洗濯も機械が簡単にやっ てくれる時代になった。独身生活も悪くない。 ・誤解を恐れずに言えば、「昭和は何も考えなくても、普通の安心がそこに あった時代」だとすれば、「令和はいろんなことを考えなくてはならず、考え た末に安心を得るための最小リスクを求めるならば、何もしないことが合理的 な時代」になってしまったと言える。 婚姻減や少子化を若者の価値観変化などと逃げるのではなく、社会構造や経済 環境がもたらした結果であるという認識が必要だ。普通が普通ではなくなった ことこそが異常であり、安心が失われた社会に未来はない。「普通のインフ レ」をこれ以上悪化させないよう、「安心のインフラ」を再度整えていくため には何が必要か。都道府県ごとに少子化政策を競争しても、住民が移動するだ けで全体の効果はない。国全体のグランドデザインが描けていないことが問題 の本質だ。