**************************************************** ・・・・・経営の現場から・・・・・ 【成岡マネジメントレター】(毎週月曜日発行) 第1128回配信分2025年12月08日発行 製造業は製品だけを製造する企業ではいけない 〜IHIが大変身中!井手社長の覚悟から学ぶ〜 **************************************************** <はじめに> ・「業績って過去の成績表ですよ。これまでの努力や投資の結果が、たまたま 良い数字として表れているだけ。いま業績が良いから未来も明るい、というの はただの錯覚です。重要なのは、いかに先を読み、的確に舵を切れるか。世の 中なんて、あっという間に変わっていきますから」。これは、株式会社IHI (旧社名:石川島播磨重工業)の井手代表取締役社長・CEOの言葉。非常に重 たい名言だ。最近、某ビジネスWEBサイトに掲載されていたので引用させても らった。「というのも、社長に就任した瞬間から、変化の真っ只中に放り込ま れましたから。2020年、まさにコロナ禍が始まったタイミングで、社長になり ました。移動制限によって旅客機が飛ばなくなり、IHIの主要事業である航空 事業は大打撃を受けました」。 ・「営業利益の8割が吹き飛びました。これほど影響があるのかと、正直 ショックを受けました」。加えて当時は、世界中で脱炭素の潮流が加速した時 期。CO2の排出源となる内燃機関が事業の中核を担ってきたIHIの社内は、これ から一体どうなるのか? という不安感が漂っていた。「 世の中は、ここま で変わる。であれば環境の変化に順応し、多少の衝撃があっても揺るがない企 業に変わらなければいけない」。そう考え、社長就任時からひたすら「変革」 を掲げてきた。「製造業の人間は、どうしても製品自体の性能や機能にとらわ れる傾向があります。その結果、この数値をどう上げるか、他社製品について いるこの機能を追加しよう、といったスペック競争に陥り、ほとんど使われな い機能がてんこ盛りの製品ができあがる、なんて不幸が起きてしまうわけで す」。 ・「しかし本当に重要なのは、つくった製品がステークホルダーに対して『ど のような価値をもたらすか』ですよね。価値をもたらすのは、何も製品だけで はありません。運用データを活かして工場や発電所などの効率を高め、使用済 み部品をリサイクルし、循環型のメンテナンスモデルを築くなど、そうした周 辺の取り組みも、社会に価値をもたらすのではないか、という発想です」。単 なる「ものづくり」で思考を止めず、「製品を起点にした周辺の価値」まで考 えて仕事をする。これまでのIHIの仕事は、お客さまから「仕様書」を受け取 ることから始まっていた、と反省する。その難しい要望をどう実現するかに知 恵を絞り、技術を磨いてきた。それが、長年のIHIの強みでもあったと分析す る。 <製品を製造するだけではダメ> ・ただ、そのやり方だけでは、これからの時代を切り拓くことはできないと納 得した。「自分たちは誰に対してどんな価値を提供したいのか」。それを考え 抜き、実行していく必要があると考えを切り替えた。「仕様書を待つのではな く、自ら市場をつくる」ということが大事だと発想することに気づいた。その 発想の転換こそが、いまのIHIに求められているのだと、社内に周知徹底しよ うとした。しかし、ことはそう簡単ではない。永く続いた名門企業のパラダイ ムを変えるのは至難の業だった。いろいろと試行錯誤した結果、まずは「とに かくステークホルダー=お客さまに話を聞きに行く」ことから始めることにし た。実際にIHIで動いている事例で言えば「燃料アンモニアバリューチェーン 事業」だ。 ・これは、次世代のグリーンエネルギーとして期待されているアンモニアの製 造から輸送・貯蔵、最終的な利用まで、IHIが一貫して技術開発・事業展開を 行う取り組み。IHIは、アンモニア貯蔵において長年の実績があるのに加え、 世界で唯一の燃焼技術を持っている。それらの技術を起点に、一連の事業を行 う計画だ。この事業の発端は、社長がとある部下に「アンモニアで事業をつ くってほしい、つくりたい」とテーマを持ちかけたことから始まった。その部 下がまず何をしたか。日本中どころか、世界中のアンモニアを取り巻くあらゆ る関係者に話を聞きに行ったという。アンモニアを肥料として使っている人、 取引を担う商社、権利関係を管轄する役所など、とにかく思いつく限りの場所 に出向いた。 ・競争法上の制約から、同業種間では直接の意見交換ができないなどの制限も ある中、それでも多様な関係者の声を丁寧に拾い上げた。そうして行く先々で 得た情報が蓄積されていくうちに、だんだんと筋の良い仮説を立てられるよう になった。この「筋の良い仮説」というのがキーワードだ。そこで気づいたの は、「アンモニアの燃焼器をつくるだけでは、十分な価値を提供できない」と いうことだった。せっかく燃焼技術を開発しても、それだけでは脱炭素化への 貢献は限定的。また、アンモニアを燃料として社会に実装するためには、つく る人・運ぶ人・使う人が連携しなければいけない。多様な意見やニーズを把握 したことで、それぞれのプロセスをつなぐ役割をIHIが担えるのでは、という 発想に行き着いた。 <アカデミーで文化を変える> ・そこからヒントを得て、ものづくりの前段階から、ものをつくった後の利活 用まで、ビジネス領域を広げて考えることが大事だと納得した。「バリュー チェーンをつくること」は、「ステークホルダーにとっての価値をつくるこ と」とも言い換えられることが分かった。自社中心に物事を考えることではな く、「誰かにとっての価値を探す」。その姿勢が、バリューチェーンの創造に は不可欠だ、ということに行き着いた。IHIには「社会課題を解決したい」 「人の役に立ちたい」という高い志しを持って入社した社員が多い。しかし、 年月を重ねるうちに慎重さが先立ち、「自分の部署の範囲で考える」「言われ たことを確実にやる」という発想にとどまる。そこを突き破らない限り、本当 の意味での価値の連鎖は生まれない。 ・それを実現、実行するため、新たに「IHIアカデミー」というプログラムを 用意した。IHIアカデミーは「変革人財」の育成・強化を目的としたプログラ ムだ。自ら挙手、または上司や同僚から推薦された社員がメンバーとなり、事 業創出の機会を得たり、育成研修を受けたりする。変革を起こすには、社員一 人ひとりが考え方のベースを変えなければいけない。そのためには自発的な行 動を通して、気づきを得ることが大事だが、やみくもに人と会えばいいという ものではない。知識や知見を身につけ、それを積み重ねることが、バリュー チェーンを創造できる思考のベースをつくる。IHIアカデミーはそのための仕 組み。まだ、挑戦の組織文化をつくる過程は、道半ばだと感じている。先は長 いが、手ごたえ、やりがい、効果を感じている。 ・IHIは長らく、航空機エンジンのような「絶対にミスが許されない製品」を つくってきた。そのため、「新しいことをやろう」というよりも、「言われた ことを正確にやり切る」文化が根づいていた。しかし新しい価値を生み出すの に、100%安全な道なんて存在しない。だからこそ、「失敗を恐れずに挑戦す る文化」へと、明確に転換しなければならないという結論に行き着いた。IHI に限らず、日本企業には長らく失敗を防いでリスクを減らす「減点主義」の文 化がある。その風土を変えて、新しい挑戦については「失敗してもいいからま ずやってみよう」という社風に変えていく。IHIアカデミーという成長の機会 を存分に活かし、近い将来、進化したIHIに変わった姿を見せたいと、井手社 長の決意は固い。 <造注企業へ変身できなかった> ・以前、印刷会社に在籍していたときに、「造注」という造語を作った。「造 注」とは字のごとく「注文」を「造る」こと。印刷会社の営業は、とかく「御 用聞き」に陥り勝ち。既存の得意先や新規の営業に回り、「何か印刷のご用は ありませんか?」と、御用聞き営業を行う。新しい案件がなければ、それで終 わり。あったら、同業他社との競争になる。価格で勝負するか、デザインで勝 負するか、納期で勝つか、何で差別化するか。案件はあるけれども、受注に結 び付かないことも多い。デザインはコンペになることもある。負ければ、試作 した費用、コストは回収できない。おっつけ、値段勝負になると、大手印刷会 社がやはり規模にものをいわせて、圧倒的に受注を取りに来る。従業員70名、 売上30億円の中小印刷会社では勝てない。 ・そこで、「注文」はこちらから「造りに行く」ことに注力した。どういう事 業に相手先が進出しようとしているのか、何を計画しているのか、新規事業と して何を考えているのか。まず、それを探ることだ。簡単に、べらべらしゃ べってはくれない。聞き出すコツもある。人間関係もあるし、守秘義務もあ る。当時は、まだ情報統制が甘く、事務所の中に入ることもできた。担当者と 会話するうちに、次第に網を絞り込んで、核心の部分に迫る。先方が困ってい ることを、印刷物、あるいはその周辺のツールで解決できることを考える。要 するに、昨今の言葉で言えば「提案営業」だ。提案ができれば、印刷物、その 周辺の注文は舞い込んでくることが多い。受注はこちらから「造る」ものだ。 社内をこの考えに切り替えるには、相当の時間がかかった。 ・完全にやり切るまでに独立のために退職したので、志し半ばで組織を離れ た。徹底できなかったため、その後その印刷会社は100年老舗企業に認定され た直後に、倒産・破産した。「造注」企業に生まれ変わることはできなかっ た。チャンスはあったのだが、業績が好調な時期に、安堵して企業風土を変え る努力をしなかった。倒産の危機に瀕して、その時点から変えようとしても、 遅かった。業績がいいときに、いい意味の危機感を持つことが大事だ。しか し、目先の仕事に追われ、新しいことにチャレンジすることをしなかった。 IHIの井手社長の言う、「新しい価値を造ること」。それが、まさに「造注」 なのだ。いまさら反省しても仕方ないが、トップが信じて繰り返し言い続ける ことが大事だ。覚悟をもって、言い続ける。変わるまでやり切る。